福岡地方裁判所 昭和38年(ヨ)284号 決定 1963年10月15日
決 定
福岡県大牟田市不知火町二丁目七十六番地
申請人
三池炭鉱労働組合
右代表者組合長
宮川睦男
右代理人弁護士
諫山博
同
三浦久
同
松本洋一
東京都中央区日本橋室町二丁目一番地一
被申請人
三井鉱山株式会社
右代表者代表取締役
栗木幹
右代理人弁護士
鎌田英次
同
松崎正躬
同
村田利雄
同
古川公威
同
橋本武人
同
青山義武
同
高島良一
同
渡辺修
同
竹内桃太郎
右復代理人弁護士
小倉隆志
右当事者間の労働協約の効力を定める仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一、申請の趣旨
申請人代理人は、「申請人と被申請人の間において、別紙記載の労働協約の条項が有効に存在することを仮りに定める。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求めた。
第二、当裁判所の判断
一、本件疏明資料によると、次の事実が疏明される。
(一) 被申請人は、石炭の採拙、販売等を業としている会社であり、三池鉱業所はその経営にかかるものであるが、申請人は、同鉱業に勤務する鉱員らによつて組織された組合員約四千四百名を擁する労働組合である。
(二) 申請人は、もと、全国三井炭鉱労働組合連合会(以下三鉱連と略称する。同連合会は、被申請人の経営にかかる各鉱業所毎にその鉱員によつて組織されている労働組合の連合体である。)に単位組合として加盟し、三鉱連と被申請人との間に締結されていた労働協約の適用を受けていた。ところで、申請人は、昭和三十五年四月十八日、三鉱連を脱退したが、昭和三十五年十二月二日、労働協約に関して被申請人と協定し、昭和三十二年四月二十九日付で三鉱連と被申請人との間で締結された労働協約を、特定の事項を除いて準用することとして、その趣旨の同日付協定書をとりかわした。右準用にかかる労働協約中には、別紙条項も含まれていた。なお、協約の更新並びに効力を定めた同協約第七十六条は、右協定により、「この協約の有効期間は昭和三十五年十二月二日より昭和三十六年三月三十一日までとする。但し期間満了二カ月以前に当事者の何れか一方より文書をもつてこの協約の全部について改訂の意思表示がないときはその全部につき、又その一部について改訂の意思表示があるときはその部分を除くその他の部分につき、更に一年間有効期間を延長するものとする。爾後亦同じ。〔諒解事項〕改訂の意思表示を行う場合は改訂案を同時に提示しなければならない。」と改められた(同協定書第八項記載)。
(三) 以後、被申請人は、昭和三十六年一月三十一日及び昭和三十七年一月三十一日の両度にわたり、前記労働協約の改訂の意思表示をなし、前者については即日、後者については昭和三十七年三月十五日に、いずれも条項毎に成文をもつて明示した改訂案を提示したが、別紙条項に関したものはなく、又妥結にも至らなかつた。次いで、被申請人は、昭和三十八年一月三十一日、文書をもつて、「昭和三十八年度労働協約については、昭和三十六年一月三十一日付改訂案及び昭和三十七年三月十五日付改訂案に加え一部改訂致し度く検討中でありますので、予め御諒承頂き度く申入れ致します。追而、改訂案については成案を得次第別途提示の事と致し度く申添えます。」という文書による意思表示をし、その後条項毎に成文をもつて明示した改訂案の提示はしなかつたが、同年二月十六日及び十八日の両日にわたり、右改訂の意思表示に伴うべき、別紙条項にも関連する改訂案を含めた意思の下に、企業再建案なるものを提示した。申請人も、右十八日に行なわれた被申請人との団体交渉の席上で、被申請人の右のような意思を確認した上、右再建案について、同年七月十日に至るまで十六回にわたり団体交渉を行なつたが、結局妥結に至らなかつた。その他には別紙条項の効力を左右するような事由はない。
二、そこで、別紙条項が、有効に存続しているかどうかについて考える。
(一) 前記事実によると、別紙条項は、少くとも、昭和三十八年一月三十一日付の被申請人の改訂の意思表示当時までは、労働協約第七十六条に則る更新によつて、有効に存続してきたことが明らかである。ところで、右意思表示は、同条本文の労働協約改訂の意思表示に該当し、且つ、有効期間満了二カ月前になされたことは疑のないところである。ただ、同条付記の諒解事項の要件を満たすかどうかについては、なお、検討をしなければならない。(なお、昭和三十六年一月三十一日付で提示された改訂案の中には、同条についてのものも掲記されているので、同条自体、同年三月三十一日の経過とともに、有効期間満了によつて失効したのではないかとの疑がある。しかし、右改訂案条文によると、従前「有効期間を昭和三十五年十二月二日より昭和三十六年三月三十一日までとする。」とあつた部分が、「有効期間を昭和三十六年四月一日より向う一年間とする。」となつているのみで、他の部分は同一であるところ、右改訂の意思表示があつた当時存続する労働協約は、従前の条文によつても、右改訂案に含まれていない限り、更新によつて右案文の記載と同一の有効期間を保有することになるのであるから、右の案は、実質的には何ら同条自体を変更しようとするものではない。すなわち、これは、右改訂案の他の条項について妥結をみた場合、妥結部分の有効期間を、他の更新された労働協約条項のそれと同一にしようという提案の一方法として、同条の字句修正という形式をとつたものとみるべきである。思うに、同条の解釈としては、期間満了によつて労働協約が失効するのは、実質的に抵触するような改訂案が示された場合でなければならないとすべきで、単に、字句の修正をしようというに止まるような場合は、これに当らないと解するのが相当であるので、結局、同条は、昭和三十七年四月一日から更新されて、昭和三十八年一月当時有効に存続していたものというべきである。)
(二) 先ず、改訂案の提示があつたといえるかどうかについて考える。
前記の如く、被申請人は、企業再建案中に、実質的に労働協約の改訂案を含めて、それを提示しているものである。したがつて、労働協約の改訂案として、その条項毎になつておらず、又成文化されたものでもないから、この点において、右諒解事項の要件を満たすものとしては、必らずしも妥当なものとはいえないであろう。しかし、そのようなものでなくても、労働協約のどの条項をどのように改訂したいかという意思が明白であるようなものであれば、右諒解事項記載の改訂案の提示にあたるものと解するのが相当である。そこで、順次この点を検討してみると、
(1) 第八条関係では、
再建案の「職場規律に関する件」中に、「職種、職場の異動及び所属変更について」と題し、「次により実施のことと致したい。イ、職種、職場の異動及び所属方変更を行なう場合は、事前に当該個人に通知するとともに、組合に連絡の上会社が実施する。苦情を生じた場合は、会社、組合間で誠意をもつて解決を図るものとする。」とある。
(2) 第三十条関係では、
再建案の「管理関係に関する件」中に、「生産奨励金廃止について」と題し、「五月三日及び十一月二十三日に対する生産奨励金(基準賃金内本人給一日当支払総額の二割五分相当額)の支出は廃止することと致したい。」とある。
(3) 第三十三条ないし第三十五条関係では、
再建案の「管理関係に関する件」中に、「諸休暇の取扱について」と題し、「諸休暇について次のとおり改めたい。イ、転居休暇、結婚休暇、分娩看護休暇、女子生理休暇については無給休暇とする。ロ、諸休暇の支給日数には公休日を含むものとする。但し、公休日については休暇扱としない。」とある。
してみれば、別紙条項のいずれについても、改訂を望む意思とその内容が明らかにうかがえるというべきであつて、右再建案の提示によつて、労働協約第七十六条の諒解事項にいう改訂案の提示はなされたものとすることができる。
(三) 次に、右改訂案の提示が、時期に関する諒解事項の要件を満たすかどうかについて考えてみる。
右改訂案は、前記の如く、昭和三十八年二月十六日及び十八日に至つて提示されているのであるから、諒解事項の「……改訂案を同時に提示しなければならない。」との定めに形式的には違反していることになる。しかし、右の定めについて、改訂案の提示が遅れたときは、改訂の意思表示は直ちに無効となるというようないわゆる効力規定と解釈すべき根拠の疏明はない。思うに、右諒解事項は、改訂案の審議が旧協約の期間満了に間に合わないために生ずる無協約状態を、なるべく避けるため設けられたものであつて、右の趣旨とこれを協約本文に掲げなかつたことからすると、遅れた事情がやむを得ないものであり、且つ、遅延の期間も改訂案についての労使協議のために著しい影響を及ぼす程のものでない場合は、改訂案の提示は、必らずしも改訂の意思表示と同時でなくても足りると解するのが相当である。疏明資料によると、三鉱連と被申請人との間に昭和二十六年十二月十日締結された労働協約の本件と同一内容の諒解事項の運用において、(イ)、昭和二十九年には、三鉱連は、一月二十五日に改訂の意思表示をしたが、改訂案は二月十五日に提示し、被申請人も、一月二十七日に改訂の意思表示をしたが、改訂案は二月二十五日になつてこれを提示した。(ロ)、昭和三十二年には、三鉱運は、一月三十日に改訂の意思表示をしたが、改訂案は二月八日になつてこれを提示し、被申請人も、一月三十一日に改訂の意思表示をしたが、改訂案は二月十三日になつてこれを提示し、いずれも手続上の欠陥のないものとして、協約改訂のための団体交渉が行なわれた実績が疏明されるが、これは右の解釈を裏付けるものといえよう。
本件における改訂案提示の遅延事情は、疏明資料によれば、当時、被申請人は、鉱業所の一部閉鎖を伴う企業再建の必要にせまれていたため、これに伴い、閉山鉱の労働者の配置転換や増強される鉱業所における労働条件の整備が急務となつていた。一方、政府としても、石炭鉱業の近代化、合理化及び雇傭に関する基本対策の必要を認め、石炭鉱業調査団の答申に基き、昭和三十七年十一月二十九日、閣議で石炭対策要綱を決定した。そこで、被申請人は、綜合的な企業の再建計画とこれに関連する労働協約の一部改訂の立案に着手したが、事情が複雑、多岐にわたり、容易に成案を得られぬまま昭和三十八年一月三十一日に至つたので、同日、とりあえず、前記の如く改訂の意思表示のみ通告し、後に再建案立案とともに、これを提示したというものであることがうかがわれる。
右の事情は、改訂案提示の遅延については、やむを得ないものというべきであり、又遅延の期間も、そのために労使協議にとつて著しい影響がある程のものではないというべきであるから、結局、本件改訂案の提示が遅れたからといつて、改訂の意思表示が無効となるものとはいえない。
(四) 以上の検討によれば、別紙条項は、右改訂案に抵触する限度で、労働協約第七十六条に則り、昭和三十八年三月三十一日の経過とともに、期間満了により失効したこととなる。すなわち、
(1) 第八条本文中、「会社が業務の都合その他により、職種、職場の異動及び所属方変更を行う場合は各山従来の慣行による。」との部分は、右の従来の慣行というのが、疏明資料によると、申請人と被申請人との協議によつてきめるということであつたと認められるので、この点において、右改訂案の「職種、職場の異動及び所属方変更を行なう場合は、事前に当該個人に通知するとともに、組合に連絡の上会社が実施する。苦情を生じた場合は、会社、組合間で誠意をもつて解決を図るものとする。」という内容に抵触することになり、結局、同条の右部分は、全部失効したこととなる。同条その余の「会社が業務の都合その他により転勤を行う場合は各山従来の慣行による。」との部分及び「但し職場の休廃止その他及び計画的大量配置転換を行う場合は、その一般的基準に付き会社は組合と協議の上決定する。」との部分は、右改訂案に抵触しないので、更新によつて、現に有効に存続しているものである。
(2) 第三十条中、「五月三日及び十一月二十三日は操業日とし、会社は前月の基準賃金内本人給一日当、支払総額の二割五分相当額を支出し、組合と協議の上生産に寄与し得るよう使用する。但し上記二日の日取については各山毎に会社組合双方協議の変更することができる。」とある部分は、疏明資料によると、いわゆる生産奨励金の支給を定めたものと認められるが、右改訂案には、「五月三日及び十一月二十三日に対する生産奨励金(基準賃金内本人給一日当支払総額の二割五分相当額)の支出は廃止することと致したい。」とあつて、これに抵触することになるので、同条の右部分は、全部失効したこととなる。同条その余の「年始、盆、その他につき一年間を通じ合計六日を特殊日とする。但し該当日の選定については各山毎に会社組合双方協議する。」との部分は、右改訂案に抵触しないので、更新によつて、現に有効に存続しているものである。
(3) 第三十三条ないし第三十五条各第一項は、組合員の転居、結婚及び組合員の妻分娩の際の休暇日数を定めたものであるが、いずれも、「公休日を除き」とあるところ、右改訂案によると、「諸休暇の支給日数には公休日を含むものとする。但し、公休日については休暇扱としない。」とあるから、右各項及び第三十三条の諒解事項は、これに抵触する限度で、失効したこととなり、右改訂案に抵触しない範囲内では有効に存続しているものである。
又、右各条の各第二項は、右事由による休暇の際の休暇手当の支給額を定めたものであるが、改訂案には、「転居休暇、結婚休暇、分娩看護休暇、女子生理休暇については無給休暇とする。」とあつて、これに抵触するので、右各項は、全部失効したこととなる。
三、ところで、疏明資料によると、右に有効に存続していると判断した部分については、被申請人においても、これが有効に存続していることを争つていないことが疏明される。
四、してみれば、別紙条項のいずれについても、本件仮処分の申請は、理由がないから、これを却下すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり決定する。
昭和三十八年十月十五日
福岡地方裁判所民事第五部
裁判長裁判官 江 崎 強
裁判官 諸 江 田鶴雄
裁判官 伊 藤 邦 晴
本件申請にかかる労働協約条項
第八条 会社が業務の都合その他により職種、職場の異動及び所属方変更並びに転勤を行う場合は各山従来の慣行による。但し職場の休廃止その他及び計画的大量配置転換を行う場合は、その一般的基準に付会社は組合と協議の上決定する。
第三十条 年始、盆、その他につき一年間を通じ合計六日を特殊休日とする。但し該当日の選定については各山毎に会社組合双方協議する。
五月三日及び十一月二十三日は操業日とし、会社は前月の基準賃金内本人給一日当支払総額の二割五分相当額を支出し、組合と協議の上生産に寄与し得るよう使用する。但し上記二日の日取については各山毎に会社組合双方協議の上変更することができる。
第三十三条 会社都合により組合員が転居する場合は公休日を除き二日以内の休暇を与える。
休暇手当は一日につき健康保険標準報酬日額相当額とする。
〔諒解事項〕
(1) 本条の所要日数については都度山元で会社組合双方協議する。
(2) 本条の会社都合には会社の承認を得たものを含む。
(3) 社宅の修理並びに鉱害による家上等のため会社が転居を承認した場合は、社宅の内外を問わず本条第一項の「会社都合による」転居に含ませるものとする。
なお諒解事項第二項は組合員が申出て会社が承認を与えた場合を含み、社宅外から社宅外への転居についてははこの限りではない。
第三十四条 組合員結婚の場合、会社は公休日を除き三日の休暇を与える。
休暇手当は一日につき健康保険標準報酬日額相当額とする。
第三十五条 組合員の妻分娩の場合、会社は公休日を除き三日の休暇を与える。
休暇の手当は一日につき健康保険標準報酬日額の八割相当額とする。
以 上